丹沢エコツーリズム担い手育成講座
2期生有志 自主山行


本州と伊豆半島、衝突現場を訪ねる
駿河小山駅−神縄断層−大久保山(614m)−塩沢−谷峨駅
2009年1月17日(土)


富士山を見る


 2009年1月17日(土)、西丹沢:駿河小山駅−神縄断層−614m−塩沢−谷峨駅を歩いてきました。
「本州と伊豆半島、衝突現場を訪ねる」を主題とした「丹沢エコツーリズム」の試行ツアーとして、研修
仲間6名が参加。今までのボクとしては珍しいグループ山行。よく晴れた一日、地学や植物・生物学、
ロープワークなど、それぞれの持ち味を生かした楽しい山歩きとなりました。


【山行日】 2009年1月17日(土)  天気 快晴

【マップ】 ウォッちず:駿河小山(甲府)

【行 程】 駿河小山駅9:13/9:35…生土林道入口10:01…ゲート10:34/10:40…
      神縄断層10:45/11:00…送電鉄塔田代幹線NO340_11:45/12:10…
      大久保山12:15/12:50…棚田跡13:37…塩沢の大滝13:55/14:00…
      塩沢集落14:04…農協茶業足柄茶売店14:45/14:55…谷峨駅15:15

【メンバー】 Iさん、Uさん、Oさん、Sさん、Fさん、s−ok




 御殿場線松田駅のホームに上がると、中沢酒造「松美酉」の看板左奥に富士山が見えました。山頂から山腹まで真っ白です。ホームの左には箱根・金時山から明神ヶ岳へかけての稜線がゆったりと伸び、右には松田山ハーブガーデンの円筒が光っています。素晴らしい天気です。メンバー6人の顔からも、何となく笑みがこぼれています。

 8時56分、入ってきた電車はワンマンカーでした。ドアの開け閉めを乗客自身で行うことがいかにもローカル線らしいです。でもこの御殿場線も1934年に丹那トンネルが開通する前は、東海道本線として人や物資を運ぶ重要な動脈でした。山北駅の広い構内や、山あいに見る線路のないトンネル、酒匂川に架かる橋脚の跡が、かつての繁栄を物語っています。
御殿場線松田駅ホームからの富士山


 御殿場線の話、酒匂川の河床に見える巨岩群、雨の中の大野山研修登山・・・、軽いおしゃべりをしている間に駿河小山駅に着いていました。

 線路の右手に富士紡績小山工場(現・フジボウテキスタイル小山工場)の広い敷地が見えます。小山町は、明治31年(1898年)に富士紡績株式会社が開設されて以来、工場の発展と共に人口も増加、今までの農山村から商工業の都市的形態を備えるまでに発展しました。現在、富士山や丹沢・箱根など豊かな自然を生かした町づくりが進められています。

 駅前にある観光案内所に寄ってみることにしました。この町で、以前お世話になったことのあるIさんやSさん、新設されたハイキングルートなどについてお話が聞けたらナ・・・と思ったからです。小山町観光協会事務局長のMさんが応対してくれました。
御殿場線駿河小山駅


 Iさんは、ボクが湯船山を知るきっかけとなる道標を作った人です(2000/12/3)。三国山や湯船山稜・不老山周辺にあるユニークな道標は、ほとんどIさんの手作りです。その道標の問題で、「不老の活路」を案内していただいたことがあります(2006/4/15)。一人でも多くのハイカーに訪れて欲しい、そのために登山道や道標の整備に力を尽くしたい・・という情熱的な話しぶりが印象に残っています。現在82歳とのこと。元気にご活躍とのことで安心です。今日は家の前を通るので、声をおかけしようと思います。

 Sさんは「まち再生ネットふじおやま」の代表者として活動されている人です。やはり道標の問題で「明神峠」まで案内していただき、詳しくお話を伺ったことがあります(2006/6/3)。「ごてんばせんネット」や「道の駅 ふじおやま」を始め、地域の活性化に向けた活動を熱く語っておられたことが印象に残っています。「今は『小山町フィルムコミッション』の活動で飛び回っていますよ」。 Mさんが教えてくれました。Sさんも相変わらずお忙しそうです。

「新設されたハイキングルートについて、何か資料はありませんか。」
 ・・・実は昨年(2008/9/23)、ハイキングルートを探ったことがあるのです。でもその時は入口そのものが分からず、太陽カントリークラブの脇に下りてしまったのです。

「ちょっとお待ち下さい。」
 ファイルの束をゴソゴソ探したMさんが、「これはどうかな・・」と一枚の地図を出し、奥にいた女性がコピーしてくれました。
「須走コース」と書いてあります。黒ペンで描かれているルートは、138号線「天恵」(日帰り温泉施設)附近で右折、沢沿いの道を進み、右にカーブする500mほど手前から1070mに向かう。ズグザグに登ったあと、ゆるいカーブを描くように立山(1332m=三角点の北にあるピーク)に向かう。
・・・ボクは三角点のあるピーク附近で探したから、新ルートの入口が見つからなかったのでした。

「ちょっと細かくて申し訳ありませんが・・」
Mさんは「おやま散策マップ」を出して説明してくれました。
「小山町はこんなトレイルロードを構想しているのですよ。」
 見ると、「須走コース−三国山稜ハイキングコース−湯船山ハイキングコース−不老山ハイキングコース−足柄峠・金時山ハイキングコース」を結ぶ、「富士・丹沢・箱根トレイルロード(仮称)」という壮大な構想でした。森林の持つ癒し効果、ハイカーの増加による知名度の向上、訪れた人の何がしかの購入による経済効果・・。小山町の自然を生かす大切な財産として構想されたそうです。

 現在ボク等が学んでいる「エコツーリズム」の考え方と同じ気がして思わず、
「ボクたちも、地域の活性化につながる旅のあり方を模索しているのですよ。」
と、エコツーリズムの研修中であること、今日も、学習を兼ねたハイキングであること・・を打ち明けてしまいました。
「神縄断層を見た後、大久保山から送電鉄塔巡視路を使って塩沢集落に下る予定です。」
「えーっ、この辺りにすごく詳しいのですね!」
と驚かれる一方、
「近隣の地域が結び合うことは大切ですね。(Sさんを見て)若い人がいるのは心強いことです。どうか頑張って下さい。」
と、強く励まされました。 

 ・・・こうした小さな交流が、その後の大きな結びつきに広がっていく事例が数多くあります。大いに励まされて「案内所」を出たのが9時30分頃、駅前の広場で簡単なストレッチと今日の行程を確認した後(マップ配布資料1「本州と伊豆半島、衝突現場を訪ねる」)、神縄断層に向けて歩き始めたのが9時35分頃でした。


 神縄断層の露頭を見ることのできる生土林道に入るには、いったん西に進み大きくUターンしなけれなりません。鮎沢川に架かる橋が上流側にあるからです。

 御殿場線に沿って進みます。通りに面して商店街が続きかつての繁栄を思わせます。10分程で線路を渡ると、右手に「小山町健康福祉会館 ゆったり湯(愛称)ふじみセンター」があります。利用料金は2時間で300円、ハイキングの帰りにひと風呂浴びるのもいいですね。

 鮎沢川に架かる橋を「富士見橋」と言います。その名の通り、段丘の上に富士山が真っ白な頭をもたげているのが見えました。
富士見橋から富士を見る


 橋を渡った先に手作りの道標がありました。

「小山町策定 トレイル ロード入口」、「須走に発する、このロード、三国山稜を通り、不老山を経て現在地に至る、延々27km、9時間のコースです。初夏、ホトトギスのころ、この大縦走にトライしてみませんか」。
・・・木の形を生かしたユニークな道標です。もちろんIさんの手作り。

 Iさんご在宅かな・・・? ご自宅の玄関で声をかけたけれどお留守のようでした。
「トレイルロード」を案内する道標


 交差点を左に進み音淵の商店街を抜ければ湯船林道を経て世附峠に至るけれど、今日のボク等は折り返すように右折し旧道を東に進みます。富士紡の正門前附近、杉山商店の左から林道生土不老山線に入ったのは10時1分頃でした。

 脇を流れる小沢(西沢?)の河床がミニグランドキャニオンのように削られています。流れる水の働きはすごいもんだ・・などと話ながら歩いているうちに、Oさんが魚影を見つけました。あれはヤマメ? 目ざとく見つけるOさんの眼力もすごいです。
林道・生土不老山線に入る


 246号の高架を過ぎると人家はなくなり周囲が山らしくなってきます。ゆるい上り坂。野鳥のさえずりが賑やかです。所々にアズマネザサも見られます。

「ササとタケの違いは・・」。 Fさんの説明によると、成長後も皮の付いているのがササ、落ちるのがタケだそうです。こうして時には立ち止まり、野鳥の姿を追ったり、植物を観察したりしながらゆったり歩くのもいいものです。

 前の方に数台の車が見えました。近づくと沢の水で動物の内蔵を洗っている4人の男性がいました。軽トラックの荷台には取り立てのイノシシが乗せてあります。今朝の猟で仕留めたイノシシを解体している猟師たちでした。滅多に見ることのない光景に、ボクらは思わず立ち止まりしばらく見学してしまいました。
イノシシを解体中


 10時34分ゲート。ここで小休止。ゆっくりの歩きなのでそれほど汗をかいていません。でも衣服を調節したり水分を補給したり、必要な人はカロリーを補給したり。休憩している合間に双眼鏡で野鳥観察する人も。

 ・・・こうしたちょっと交流できる時間も単独行では味わえない楽しさです。周囲の観察も終えゲートの脇を抜けたのが10時40分。
ゲートの手前で小休止


 ゲートから5分程、左に折れた林道が再び右にカーブしたすぐ右手に神縄断層の露頭がありました。垂直に走る1本の断層線をはさんで、向かって左が本州側、右が伊豆半島側です(配布資料2「海からきた丹沢」)。

 左(本州側)は白っぽくザラザラしています。凝灰岩でできているそうです。右(伊豆半島側)には丸い礫(れき)が見えます。れき層と呼ばれ、丸い石は丹沢山地から流れ出し駿河湾に注いでいた河川がつくったものだそうです(配布資料3「いろいろな岩石」)。

 本州側のプレートに対し、伊豆半島側のプレートが今も押し続け潜り続けている。その現場に立つと地球の大きなロマンを感じます。地球の長い長い歴史に対して人の一生はなんとはかないのでしょう。しかしその地球の歴史を想像することのできる人の知識はなんと大きいのでしょう。

 断層をバックに記念撮影、出発したのは11時頃でした。
本州と伊豆半島の衝突現場


 断層を見たばかりのためでしょうか、今までの植物や野鳥に、地質の観察も加わるようになりました。

 左前方の沢にバンバコロガシ、続いて右奥の沢にジンジコロガシと呼ばれる小さな滝が見えます。白っぽい岩は脆そうで、ちょっとした大雨でボロボロと崩れそうです。
バンバコロガシ ジンジコロガシ


 標高が高くなったためか、日陰に入ると雪が残っています。その雪の残る斜面に茶色っぽい層が見えました。火山灰が降り積もってできた層です。

 厚く積み重なっている層は、活発な火山活動を想像させます。富士山の宝永噴火(1707年)では、須走で2mもの火山灰を堆積させたと言われていますが、自然の力の大きさに驚きます。

 層と層の間に雪が張り付いています。しみ込んだ水が層を剥がしている様子を見ることもできます。

 今、目の前に見ている自然も、長い年月の中で少しずつ変わっていくことを想像する時、自然の大きさと同時にその脆さも感じてしまいます。
火山灰が降り積もってできた層 日陰には雪が残っている


 林道は小さなカーブを繰り返しながらゆるい勾配で上がっています。

 幾つ目かのカーブの左側に手作りの道標がありました。「生土山コース」(2002/5/26)の入口です。でもこのコースは交通量の多い246号を横断しなければなりません。目の前の道標にも「危険な国道を横断するので、なるべく左のコースへ」と書かれています。(「左のコース」とは、ボク等が上がってきた「神縄断層コース」のことです。) 

 実はこの道標、2006年4月15日に歩いた時にはありませんでした。そのわけはこちら。それが復活したのは喜ばしいことです。
復活した道標


 生土山コース入口から少し進んだ先で田代幹線の下を通過します。送電線の先に富士山(top写真)が見えました。2合目附近まで真っ白です。左山腹のでっぱりは宝永火口。右手前は三国山稜。右端にチョコッと三国山の山頂が見えます。田代幹線、明神線、新秦野線、群馬幹線など新富士変電所に集中する送電線鉄塔群も見えます。青空の下、冠雪富士がよく映えています。みんなの顔もニコニコ、何度も何度もシャッターを押しています。

 長い裾野をひくこの美しい富士山は、過去に何度も噴火を繰り返し溶岩などの火山噴出物が幾重にも堆積してつくられたこと、これから起きるかもしれない噴火活動に向けてハザードマップが作られていること・・を知ると、美しいだけではない自然の厳しさも感じてしまいます。
正面に大きな富士山!



 すぐ後ろには、田代幹線NO339の送電鉄塔があります。稜線に見えるのは昼食の場所に予定しているNO400。すぐ脇に巡視路がありますが3〜4分先の「不老の活路」(2005/9/3)入口から稜線に乗ることにしました。


 林道をわずかに進み稜線に入るとあのユニークな道標が迎えてくれました。ボク等が歩いてきた林道方向を指し「こちらは全て林道を歩く」。 南北方向を指し「←生土へ  トレイルロード/林道全くなし 道標完備  不老長寿山めざす」と書かれています。

 50mほど先にある道標には、はっきりと「不老の活路」と書いてありました。一時期閉鎖されたことのある尾根通しのルートはトレイルロード構想の中で復活したようです。不老山や湯船山方面を訪れるハイカーには嬉しいことです。
ユニークな道標が迎えてくれる 「不老の活路」も復活


 ボク等は尾根の路を南に向かいます。左手は神奈川県山北町、右手は静岡県小山町、歩いている尾根は国境稜線でもあります。

 左に大久保山(614m)を巻き田代幹線NO340に着いたのが11時45分でした。ここからも富士山がよく見えます。宝永火口あたりに雲がかかり始めています。

 以前歩いた時には刈られて広場風だった鉄塔下はススキがおおっていました。

 周辺にザックを下ろして昼食休憩です。「いいねぇ。」とか「インパクトのあるコースだね。」とか交わされる会話が嬉しいです。
田代幹線NO340より


 周囲を観察しながらのゆっくりのんびりの山旅です。ここまで順調に進んできたので少し欲張り、大久保山でロープワークの復習をすることにしました。

 12時10分鉄塔を後に目の前の山腹を直登します。すぐに尾根に出て「神奈川県県行造林64]標識のある大久保山(614m)に着いたのは12時15分でした。
大久保山(614m)山頂


「あれっ、どうだったけかなぁ。」

 最初は戸惑っていたけれど、ヨットの経験があるIさんが「最初に輪を作って・・」など実演してくれれば次第に思い出してきます。

 沢登りの経験があるFさんが「手首を返すようにして・・」と、カラビナを使い片手でロープを固定する方法を実演すると「わっ、面白い」とみんなが興味津々です。

 危険地帯を安全に通過することを想定してロープを張るなど、「もやい結び」「巻き結び」「8の字結び」など一通りのロープワークを復習した他に、柱にロープを固定したり、カラビナにロープを固定したりする方法なども学ぶことができました。でもロープワークはやっていないとすぐに忘れてしまいます。「またこういう機会を持ちたいね。」がみんなの感想です。
ロープワークの復習


 山頂を後にしたのが12時50分。尾根に沿う鉄塔巡視路を塩沢の集落に向けて下ります。

 植林帯の中、道標はないけれどよく踏まれています。送電鉄塔の脇から大野山がよく見えます。その山腹には宮原や大藏野、湯触の集落が見えます。

 集落のある小平坦面は古代河内川が掘り下げた跡でしょうか。酒匂川の作る深い谷の向こうに広がるのは旧丹沢山地から流れ出し古代相模湾の海底に堆積したれき類が押し上がってできた平地でしょうか。

 何気なく見てきた風景をいつもと違う視点で見ているのは、今日は「学び」を兼ねた山歩きだからでしょうか。
植林帯を下る 大野山方面を見る


 送電鉄塔NO344の先で送電線の右側に出ます。植林帯に入り次第に急な下りに変わってきました。細くて崩れかかっている箇所もあります。「登りの時は大変だ」。・・・けれどこんな急坂は下りの時も大変です。立木につかまったりしながら慎重に下ります。

 ササにおおわれた道を抜けると・・・、突然平坦な段々が現れ屋根だけ残った廃屋と放置された脱穀機のある場所に出ました。「こんな所にも人が住んでいたんだ」。・・・ちょっと驚き。

 すぐ先で塩沢川の左岸に出ます。沢沿いに放棄された棚田の跡が続いています。

「こんなところで生活したいな。」
誰かが言いました。けれどこんなに狭い畑地で生計を維持していくのは難しいでしょう。
かつて人の営みがあった


 谷の所々に露頭を見ることができます。脆そうな岩壁の中に大粒のれきが無数に埋め込まれています。

 どのれきも丸っこいのは、水の中で長い間削り続けられてきた証拠です。この周辺は、昔は海の底だったのです。古い丹沢山地から流れ出した石が駿河湾に堆積し、プレートの移動によって押し上げられ、今目の前にあるのです。
地球の壮大な歴史を想う


 いったん広くなった河原の中、ガードレール利用の変わった橋を渡って塩沢川の右岸に出ます。左手の堰の中央にこれも変わった取水施設を見るころ、谷は再び狭まってきます。

 橋を渡って左岸に出た少し先、谷間の左手が少し開け、その奥に大きな滝が見えました。塩沢の大滝(不老滝)です。落差30m〜40mはあるでしょうか、水量は少ないものの一枚岩を流れ落ちる見事な滝です。夏なら水流の中をジャブジャブと滝下まで進むけれど、今日は入口でがまん。幾分遠目からではあるけれど、見応えのある滝にみんな満足です。
塩沢の大滝(不老滝)


 この滝からガードレールを利用した橋を2度渡れば数件の家が建ち並ぶ塩沢の集落です。滝から5分もかかりません。見応えのある滝が人家の間近にあるにもかかわらず、観光地化されていないことに好感が持てます。「知る人がたまぁに訪れる」・・そんな名所があっても良いですよね。

 この先は舗装された道です。右手には棚田が広がり、日溜まりの中にはオオイヌノフグリが青紫の花を咲かせています。イノシシの飼育小屋(?)がありました。体長1m以上はありそうです。

「山ん中で会いたくないなぁ。」 誰かの言葉にみんなうなずいています。
塩沢の集落に入る


 道が左にカーブする辺りに道祖神が祀られています。その脇で丸太を切っている男性がいました。「こんにちは・・。」と声をかけると、仕事の手を休め、いろいろ教えてくれました。

・この辺りには昔から集落があったこと。今の集落の奥にも民家があり田や畑が作られていたこと。
・関東大震災(だったかな?)で集落がバラバラになったこと。その後現在の位置に移動し今は5件の家々があること。
・集落の奥には滝があり地元では「不老の滝」とよんでいること。夏には団体が見学に来ることもあること。
・今は棚田の世話をする人が少なくなってきたこと。
  ・・・。

 この集落は巾着のような形をしています。入口に当たる金山周辺は両脇に山が迫り、県道の側からは中の広がりを知ることができません。けれど内部では、昔から山里らしい静かな生活が営まれていたようです。

 しばらく話をうかがった後、先に進みます。左に林道川西線(2005/8/3)、すぐ先の右にユーエル・エーベックス(株)山北EMC試験所の大きな建物を見送ります。塩澤集会所の先で採石場に続く太い道と交差、左に進めば河内川を渡って県道に出ることができますが、ボクらは細い道を直進し、河内川の右岸沿いに進みます。


 谷側の正面やや上部に湯触の集落が見えました。

 以前、(あんな高いところにどうして人が住んでいるのだろう)と不思議に思ったことがありました。けれど今だったら、日当たりが良く水の便も良い高原状に広がる台地の上は昔から開けていて、自給自足的な豊かな生活を送っていた・・ことを理解しています。
集落があんなに高くなった


 左に清水小・中学校を見送り県道に出ます。峰発電所の正門附近、県道を挟んで「神奈川県農協茶業センター」売店があります。ここから谷峨駅まで15分程度。電車の待ち時間調整と小休止を兼ねて立ち寄ることにしました。お土産などを買えば、地域経済がちょっぴり潤うことになりますしね・・。

 係の女性がさっそくお茶を入れてくれました。「どうぞ・・。」歩き疲れた身体に、温かなお茶がとてもおいしかったです。

 店内には様々なお茶(商品)やJA各地のお土産が置いてあります。お茶の種類は100g5000円もする芸術品とでもいえる品評会厳選茶から200〜300円の番茶クラスまで。ボクは「食後の一服には?」というリクエストに「これが人気商品ですよ。」と示された茎茶と羊羹をお土産にしました。


 ゆっくり歩いて谷峨駅に着いたのは15時15分でした。

 駅からは大野山が見えます。「(丹沢エコツーリズム育成講座の)研修で登った時は雨だったねぇ」とか振り返っているうちに15時28分国府津行きの電車が入ってきました。

 「学び」を兼ねたハイキングは終わりました。でもボク等の山旅はもう少し続きます。
谷峨駅 電車が入ってきた




 新松田で小田急線に乗り換え鶴巻温泉で途中下車。「弘法の里湯」で汗を流した後、大広間でくつろぎながら、Uさんの司会で反省会を行いました。
「楽しかった」「またあるといいね」・・という感想はやっぱり嬉しいです。

「もっともっと学びたい」という意見も出されました。
「自然はもちろんだけど、丹沢の歴史や地質ももっと知りたい」
「ロープワークを含め、登山技術をもっと高めたい」
「丹沢だけでなく、もっと広く考えたい」
 ・・・など。

「参加した人が『楽しかった』という感想が持てるツアーにしていきたい。そのために自分自身の力量をもっと高めたい」 ・・・ということが今回の結論でしょうか。

 それぞれがそれぞれの持ち味を生かしながら学び合う。・・単独行の多いボクにも、学ぶことの多い「楽しい!」山旅でした。自分たちの力量を高めていく基本は、こうした学び合いを「楽しく続けていく」ことだと思います。

 このホームページを読んでいる皆さん方に、「エコツアーのご案内」を一日でも早くアナウンスできるよう、これからも少しずつ力を蓄えていきたいと思っています。




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